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彼は男の顔を蔽つている手拭をとりのけながら云つた。
すると、道平の半ばひきつゝた表情の中には、又あの悦ばしさが、かうして歩いて来たことを人に見られるといふ満足が、ゆつくりと、何だか紙のずれるやうな工合に上つて行つた。
その「含有量」といふ言葉は富田が昨日聞き覚えたばかりのものだつた。
「まあ、生れ故郷ですから」
「私も眠れなくて夜中に一度湯へはいるのですが、なんだか気味が悪るござんしてね。隣の湯へ溪から何かがはいって来るような気がして――」
徳次は笊を差出した。
「さあね、もうかれこれ二十年にもなるだらうかね」
と、急に練吉が小耳にはさんで云つたのは、多分黙つて他のことを考へていたのだらう。
間もなく神原直造は一種段取りのついた慇懃いんぎんな荘重さともいふべき様子でゆつくりと来客の居並んだ前へ進み出て挨拶した。彼には紋付の羽織に袴といふ形がいかにもよく似合つていた。その稍角張つた肩のあたりにも、それから、一体に老いて強さはなくなつているが、まつ直ぐな鼻筋だの、その上にかつきり線を引いたやうな白毛まじりの太い眉だのの上には、ちやうど彼の身につけた袴の襞ひだと同じやうに、一種云ふべからざる古雅な端正さがあり、それは同時に低い枯れた声音こわねの中にも響いた。
「やあ、しばらくで」
「どこか悪いですかな」
と、小谷はひとり言にしては大きい声で云つた。が、代りがないので又水の中へ放つた。
「うん、ドイツ兵の捕虜だ」