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房一は手答へのないのを感じた。
と、徳次は叮寧にならうとして一種奇妙な言葉づかひになりながら、
「あれから――あんたに鮒をとつて上げようと思つて、今さつきまで淵に附いとつたんだが、たつたこれつぽちきり獲れなくてね。上げるといふほどの物ぢやないけんど――」
道平は納得したやうにうなづいたが、又ゆつくり身体を坐りなほすのと一緒に、
が、或る日切つて落したやうに、例外だといふ風に、一日だけ何だか季節がためらつたやうに暑くも涼しくもない日があつたかと思ふと、次にはあの初秋の前触れである強い南風が吹いた。それは暑いといふよりは何だか蒸むし蒸むしする、騒々しい、遠く起つたかと思ふとすぐ間近かにやつて来、草木をなびかせ、捲き、吹きつけ、魂をゆすぶるやうな大きな小止みのない風だつた。それは風と云ふよりは何か素晴しく太いものを感じさせる大きな物音だつた。まさにその通り、はじめは笹鳴りをさせ、立木の枝を唸うならせ、戸をがたつかせ、埃を広い幅で駆けさせていたものが、しまひにはそれらをたゞ下界の騒々しさといふ中に押しこんでしまひ、圧おさへつけ、自分ははるか中空をもつと高い方を何ものにも遮さまたげられることなく悠々と巨大に傍若無人に吹き抜けて行くのであつた。それは風ではなく季節の通り過ぎる音だつた。やがて雨を伴ひ、あらゆる物の上にたゝきつけ、浸みこませ、溢れさせ、一日か二日でけろりとし、青い空をのぞかせ、それでもなほ切れ切れの雲を、疾はやい怪物のやうな想像しきれぬ形の雲をひつきりなく走らせて、おれはまだ完全に通り抜けてはいないぞ、気をつけろ、と知らせているやうに見えた。
「先代がぽつくり死にましてね。おかげでこんな所へ引つこむやうになつてしまつたんですが」
思はず時間がたつてしまつた。房一は腰を上げた。前脚の上に顎をのせて長々と寝そべつていた犬は急に起き上つて身ぶるひした。徳次は、房一の往診の時間を大分遅らせたのにやつと気づいた。
と、道平は明かに盛子に気兼ねをしているらしかつた。
房一はその晩留置されることを覚悟していたが、幸ひに取調べは簡単に済んで、夜ふけになつて神原喜作と共に自動車で帰つて来た。この二人が本署まで同行させられたことはあらゆる方面に同情をひき起した。そして翌日になると、出張所の側でも遺憾の意を表し事件は落着した。
「なに、切れてるつて?」
さうだ、あれは見覚えがある。練吉は幼ちいさい時頭の大きな首の細い子供であつたが、房一は彼を磧かはらのまん中で追ひまはしたこともあるやうな気がする。それは広い磧で、あたりの静まつた、瀬の音だけが無暗みときはだつて聞える日中で、水流のきらめく縞や、日に温められた磧石からむつと立つて来る温気や、遠くの方の子供達の叫び声や、ふりまはしている青い竹竿や、さあつと時々中空から下りて来るうす冷い微風や、彼等が走り、叫び、つまづき、又一所にかたまつて遠くの山襞やまひだにうすく匍ひ上る青い一条の煙(それは炭焼の煙だつた)に驚きの眼を見はつた、あの空白なすつきりした瞬間、――からみ合ひ、押へつけ、お互ひの腕と腕との筋肉が揉み合つて、下敷の子の涙の出さうになつた懸命な眼や、多勢に追ひつめられて溝をとび越さうとして思はず泥の中に足をつゝこんだりしたこと、敵方のはやし立てる明るい声や逃げて行く弱い子の背中にぴよんぴよん動く小さな帯の結び目や若葉のきらめき、河魚の手ざはりと匂ひ――それらの記憶が一瞬のうちに現在の房一の胸に生き生きとよみがへつて来た。それは遠くてつかまへられさうもなく、又すぐ傍にあるやうにも感じられた。
何なんでも明治三十年代に萩野半之丞はぎのはんのじょうと言う大工だいくが一人、この町の山寄やまよりに住んでいました。萩野半之丞と言う名前だけ聞けば、いかなる優男やさおとこかと思うかも知れません。しかし身の丈たけ六尺五寸、体重三十七貫と言うのですから、太刀山たちやまにも負けない大男だったのです。いや、恐らくは太刀山も一籌いっちゅうを輸ゆするくらいだったのでしょう。現に同じ宿やどの客の一人、――「な」の字さんと言う(これは国木田独歩くにきだどっぽの使った国粋的こくすいてき省略法に従ったのです。)薬種問屋やくしゅどいやの若主人は子供心にも大砲おおづつよりは大きいと思ったと言うことです。同時にまた顔は稲川いながわにそっくりだと思ったと言うことです。
が、練吉が駆け登つたのを見ると、先方の男は急に威丈高になつて怒鳴つた。