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「おい」と盛子を呼ぶ声がした。
「すみましたよ。さあ。何でもありませんなあ。ぢき起きられますよ。ごく軽いんですからね」
恐らく、房一も他の場合にはこれと似たりよつたりの動作をやるにちがひない、たゞ道平に向ふとこんなに易々とできないのだ。
「いや、さういふことは人によつてはあるんだよ」
房一は満足げに、かへつて来た犬の頭をかるくたゝいた。
「ほんとうに火事があつたのかい」
とにかく、それは遠い向ふで起つていることだつた。対岸の火事を見物するやうなものだつた。
「いや、人目がなきあそれどころぢや済まんでせう」
あのことだな、と房一は思つた。訊いてどうかな、とは感じたが、相手があまりさつぱりしているので、
又走り出して、草の中に鼻を突つこんだ。が、今度はすぐもどつて来た。房一は緊張した表情をつくつて、その背をつかんでぐつと押した。
患者の脈を見たり、舌を出させたり、背部を指で押し、打診し、薬を与へたりすること、そんなことは誰にだつて出来る。それからあの、開業医にはぜひとも必要だと云はれている社交的な才能、お世辞を云つたり、砕けた気の置けない態度で抜かりなく会ふ人ごとの心をつかむ――「ふん」と、房一は独言のときに自然と目の前につくり上げるもう一人の自分に向つて冷笑してみせた。
「なに、ろくでもない用事で帰つたもんですから、どこへも失礼していたんです」
「え」